おまけ。小鳥の声をいれたかっただけの動画です。
2016年7月2日土曜日
2016年6月3日金曜日
花散歩
近所の土手の草が刈られていたのが数日前。
そろそろ来るかな〜と思っていたら見つけました。
ねじばな。
そろそろ来るかな〜と思っていたら見つけました。
ねじばな。
膝ついてじーっと撮影し(近すぎてぼけてますね)
満足して歩き出したら、近くの工事現場の見張りの人と目が合いました。
見〜た〜な〜。
お天気もいいのでもっと花を見にお散歩へ。
存分に生き物を眺めた後は、ものの見え方も変わってくるようです。
この後いつものスーパーの売り場で、いつもあったはずのミニコンポが目につきました。
手書きで「11番 ノクターン」と書かれた紙が貼ってあります。
流れていたのはショパンの夜想曲変ホ長調Op.9-2でした。
他にも「晴れの日は◯番」「雨の日は×番」「雨明けの日は△番」「茶摘み」など張り紙がありました。そういえば「八十八夜」もよくかかっていたなあ。楽しそうな裏舞台です。
2016年1月7日木曜日
12月の函館
今更ですが、昨年12月の祖母の葬儀ついでに
あちこち行ったり写真撮ったりした函館レポートです。
入院中だった母方の祖母が危ないと最初に聞いたのは7月のことでした。
これが最後になるだろうなと思ったお別れは、私が北海道にいた
2011年の夏に済んでいたので、駆けつけようとは思いませんでした。
その時既に認知症が進んでいて、孫どころか子供のことすら判っていなかったのに
「初対面」の私の顔をしげしげと見て
「可愛いねえ」と言ってくれたのを覚えています。
家族のことを次々と忘れていく中、
「孫が北大入った」ということを最後まで覚えていて
介護ホームの職員さんに自慢していたとも聞きました。
最後まで覚えていたこと、忘れなかったことが
その人にとって一番大事なことだったとは思いませんが。
昔何かの漫画で、本物の記憶喪失と仮病を見分けるには
現金を見せてみればいい、と読んだことがあります。
人間、お金だけは最後まで忘れないのだとか、という話を
ふと思い出しました。
あちこち行ったり写真撮ったりした函館レポートです。
入院中だった母方の祖母が危ないと最初に聞いたのは7月のことでした。
これが最後になるだろうなと思ったお別れは、私が北海道にいた
2011年の夏に済んでいたので、駆けつけようとは思いませんでした。
その時既に認知症が進んでいて、孫どころか子供のことすら判っていなかったのに
「初対面」の私の顔をしげしげと見て
「可愛いねえ」と言ってくれたのを覚えています。
家族のことを次々と忘れていく中、
「孫が北大入った」ということを最後まで覚えていて
介護ホームの職員さんに自慢していたとも聞きました。
最後まで覚えていたこと、忘れなかったことが
その人にとって一番大事なことだったとは思いませんが。
昔何かの漫画で、本物の記憶喪失と仮病を見分けるには
現金を見せてみればいい、と読んだことがあります。
人間、お金だけは最後まで忘れないのだとか、という話を
ふと思い出しました。
その祖母が亡くなったのは11月30日。
すぐに上様に飛行機とホテルを手配してもらい、
防寒シャツと黒タイツを買い込んで
翌日午後に函館入りしました。
初めての函館空港。国際空港だったとは知りませんでした。
着いたらちょうど納棺を終え、棺に花を納めているところに間に合いました。
集まったのは祖母の長男である伯父とその奥さん。
6年前の父の葬儀以来です。ずいぶん老けたように見えました。
長女である母と、私と弟、次女である叔母と旦那さん、その長男である従兄弟。
その晩は葬儀場に泊まり、翌2日、静かに葬儀は終わりました。
日取りがわからないまま、ホテル4泊と帰りの飛行機は5日の予約。
せっかくなのでゆっくり観光でもしていくことにします。
いったんホテルに荷物を置いた後、母・叔母・従兄弟と夕飯に。
横丁を流しているうち、大好物のたちに惹かれてこちらのお店に。
(写真掲載許可済)
ほっけのお刺身なんて初めて食べました。たち天もたちポンも大満足。
翌日、3日は謎の体調不良に見舞われ一回休み。
母達は役所の手続きに追われていた模様。
さて4日、元気になったので気を取り直して観光!だったんですが。
…なんでホテルから徒歩11分の函館駅まで40分かかる。
…なんでホテルから徒歩11分の函館駅まで40分かかる。
雪、降ってきました。吹雪いてきました。やばいです。
⇧この写真を撮って寒い遭難するとツイートした直後、
上様からのメール「心配だ」
開けてみると内容は、大好きなゲームの監督が会社を辞めたというニュース、
監督の今後が心配だとのことでした。
なんてタイムリー。ネタごちそうさまです。これで3ヶ月は愉しめる。
なんとか市電に乗って、郷土資料館へ。
石川啄木をメインとする文学館にも行きました。⇧この写真を撮って寒い遭難するとツイートした直後、
上様からのメール「心配だ」
開けてみると内容は、大好きなゲームの監督が会社を辞めたというニュース、
監督の今後が心配だとのことでした。
なんてタイムリー。ネタごちそうさまです。これで3ヶ月は愉しめる。
なんとか市電に乗って、郷土資料館へ。
子供の頃は純粋に憧れてたものですが、
「ローマ字日記」等で駄目駄目なところを見ても今なら愛しいと思えます。
しかし子供の頃に見なくてよかった、うん。
それから開港記念館(旧イギリス領事館)へ。
当時の意匠を再現した、テレホンカードを使って実際にかけられる公衆電話。
お茶を飲んでいる間にもどんどん雪は積もってきます。
ローヒールパンプスは既にここまでの道中でぐずぐずです。
ああこれからどうなる。明日の飛行機は飛ぶのか(遅れたけど飛びました)
12月頭の函館でこれはないと地元民も言っておりました。
夜は叔母おすすめのトラットリアへ。
店長さん一人で何もかもやってる小さなお店でした。
それから私の泊まっているホテルのバーへ繰り出します。
母と叔母はショートケーキをイメージしたという苺のデザートカクテル。
私は久々にドライ・マティーニ。
きついから味見するなら気をつけてね〜、と思ったら
母はごく若い頃に職場で飲みに連れて行かれて、
これくらいの強いカクテルを飲み干しおじさま方に驚かれたことがあるとか。
知られざる武勇伝でした。
見下ろす窓外は吹雪いたりやんだり。
(ピントや露光の問題ではなく、雪がめまぐるしいのです)
5日、飛行機はやや遅れましたが、お土産買って無事帰って来ました。
なんで函館空港でトンデンファーム?!ここはカールレイモンでしょう!
とか騒いだりしてませんしてません。
バイバイ、お祖母ちゃん。
つぶ貝を見るたびに思い出してるよ。
2015年12月19日土曜日
『スター・ウォーズ』を一度も見たことのない人のEPISODE7感想
言うまでもありませんが、ネタバレ全開ですよー。
はい、まずはタイトルの通りです。正確には、第一作がTV放送された時にさわりだけ観たんですが、主人公の養い親が殺され、白骨死体が出てきたところで怖がってそこまでだったんです(何歳だったんだろう自分?)
でもこれだけの有名作品ですから、主人公や重要キャラの名前と関係、役どころ、大事な設定(フォースとかジェダイとか)はなんとなく知っております。新作ということで、例によって旦那に誘われ、一度は断ったもののなんとなく気が向いて観に行ってみました。あえて予習全くなしで。
劇場と言えばまずは予告編から。印象に残った三編。
・『オデッセイ』は『インターステラー』とどう違うというのだろうか。
・なぜぬいぐるみのクマが主役の映画に『ミッション:インポッシブル』のテーマが流れるのか。
・唯一観てみたいと思ったのは『ブリッジオブザスパイ』。ソ連も冷戦もベルリンの壁も、もう物語の中で語られる言葉なんだろうか。いや違う、当時からすでに物語でした。ボタンの押し間違い一つで、明日にも人類が滅びてしまうかもしれないと多くの人が思っていた時代、それを物語化することで自分の現実との距離をおいていたのかも知れません。
前置きが長くなりました。
なんで当日に予約取れたのかと思ったら、日本語音声吹き替え版だったんですね(旦那は始まるまで気づかなかったらしいです)。元々の俳優さんの声に馴染んでいる人には違和感があったかも知れませんが、私は無問題でした。ちゃんと顔の与えるイメージ通りの声と話し方だったと思います。
序盤、キャラやメカが出てくる度に、これらがシリーズお馴染みのものなのか、それとも新しい存在なのかと思案していましたが、考えたって分かるわけないので気にしないことにしました。
そう、私はこの世界の一般市民。フォースなる謎の力の存在や、英雄達の名前を聞き知ってはいても、それら彼らの真実を何も知らないモブ。それがだんだん話が進んでいって…えっ貴方があのハン・ソロさんですか。ああっこちらはレイア姫ですね?!といった感じで入っていけました。
宇宙船とか戦闘の模様とかは、想像以上の突っ込みどころ満載で愉快でした。
何年も放置されてた船がいきなり大気圏外まで飛び立てちゃうとか
初めて銃を撃つ女の子が戦闘訓練を受けた兵士をばたばた倒せちゃうとか
ポーはあの状態でどうやって生きてたのよとか
これらを気にすることなく楽しめる、というより気にさせない、それが『スター・ウォーズ』なんでしょう、と納得できました。はい。
そういえば予告編に『ゴジラ』もありましたけど
「あんな巨大爬虫類が二足歩行できるわけがあるかい!」
「あれは爬虫類じゃない、『ゴジラ』なんだ!」
で解決できるほどの存在感が『ゴジラ』にはありますし。
昔、映画『ファイナルファンタジー』を酷評した際に、その少し前に出た『マトリックス』と比較したことがありました。両作品とも「生命エネルギー」なんていう似非概念を持ってくるところが共通してます。しかし『マトリックス』では、その言葉が出るまでに、観客は主人公ネオと一緒にあんな目やこんな目に遭わされ、疲労困憊し精魂尽き果て、「頼むから何がどうなってるのか説明してくれえぇ!」な状態、どんな説明でも受け入れる精神状態に持っていかれています。
一方『ファイナルファンタジー』にはそれがなく、「なんか嘘臭い」という印象のまま終わってしまったのだなあと。
結局物語とは虚構です。心地よく騙してくれればそれでいいのです。自分も精進しなくては。
さて後半、あの黒マスクの祖父が誰かくらいはわかっていましたが、なるほど母の父だったのね、とかいろいろ一人答え合わせをしつつ進みます。そうなると、あれだけ強いフォースを持つ彼女は彼の娘なんだよね、きっとそうだよね?
レイア姫とハン・ソロってそういう関係だったとは知りませんでした。人生すれ違いだらけだった高年齢カップル…『大奥』の綱吉編がちらりと脳裏に。
そ・し・て大好物の闇堕ち君、ファーストオーダー!ちょっと脆すぎと感じましたが、きっとまだとても若いのでしょうね。それにしても、お父さんとの対決で簡単に絆されすぎじゃないの?と脳内ブーイングしていたら…そう来ましたか!そうでなくっちゃ、いいぞもっとやれ!最後の対決も、前座はもっとあっさり余裕で片付けて欲しかったです。
とにかく彼の今後に大いに期待!!
大型メカとか、銃での撃ち合いにはあまり関心ないですが、戦闘機およびチャンバラには燃えます。これもシリーズお約束なんですよね、ライトセイバーでの斬り合い!堪能しました。敵方は赤で主人公側は青って決まってるんでしょうか、あの色。
で、ラスト。娘なんでしょうそうでしょきっとそうだよねと(脳内で)叫んでいましたが明らかではないですね。これも今後に期待かと。
フィンの容体について旦那と意見が分かれました。彼女の言葉と雰囲気といい、背後で流れる脳波計?か何かの音のフラットなことといい、植物状態に陥って回復は絶望的なんではないかと私は思います。入れ替わるように、ロボット君がスリープ状態から目覚めるのも暗示的です。物語ですから、もちろんいつか目覚めるんでしょうけれど。
という訳で大変面白かったので、いずれEPISODE1〜6も借りて観ようと思います。今はブームで混んでると思うのでおいおいに。キングオブ闇堕ち、というか元祖オブ闇堕ち、の4〜6に惹かれるんですが、先に観ちゃうと1〜3を観る気を失くしそうなので、順番通りにしておきます。メインディッシュやデザートは後半に持ってくるのが、コース料理のお約束ですしね。
はい、まずはタイトルの通りです。正確には、第一作がTV放送された時にさわりだけ観たんですが、主人公の養い親が殺され、白骨死体が出てきたところで怖がってそこまでだったんです(何歳だったんだろう自分?)
でもこれだけの有名作品ですから、主人公や重要キャラの名前と関係、役どころ、大事な設定(フォースとかジェダイとか)はなんとなく知っております。新作ということで、例によって旦那に誘われ、一度は断ったもののなんとなく気が向いて観に行ってみました。あえて予習全くなしで。
劇場と言えばまずは予告編から。印象に残った三編。
・『オデッセイ』は『インターステラー』とどう違うというのだろうか。
・なぜぬいぐるみのクマが主役の映画に『ミッション:インポッシブル』のテーマが流れるのか。
・唯一観てみたいと思ったのは『ブリッジオブザスパイ』。ソ連も冷戦もベルリンの壁も、もう物語の中で語られる言葉なんだろうか。いや違う、当時からすでに物語でした。ボタンの押し間違い一つで、明日にも人類が滅びてしまうかもしれないと多くの人が思っていた時代、それを物語化することで自分の現実との距離をおいていたのかも知れません。
前置きが長くなりました。
なんで当日に予約取れたのかと思ったら、日本語音声吹き替え版だったんですね(旦那は始まるまで気づかなかったらしいです)。元々の俳優さんの声に馴染んでいる人には違和感があったかも知れませんが、私は無問題でした。ちゃんと顔の与えるイメージ通りの声と話し方だったと思います。
序盤、キャラやメカが出てくる度に、これらがシリーズお馴染みのものなのか、それとも新しい存在なのかと思案していましたが、考えたって分かるわけないので気にしないことにしました。
そう、私はこの世界の一般市民。フォースなる謎の力の存在や、英雄達の名前を聞き知ってはいても、それら彼らの真実を何も知らないモブ。それがだんだん話が進んでいって…えっ貴方があのハン・ソロさんですか。ああっこちらはレイア姫ですね?!といった感じで入っていけました。
宇宙船とか戦闘の模様とかは、想像以上の突っ込みどころ満載で愉快でした。
何年も放置されてた船がいきなり大気圏外まで飛び立てちゃうとか
初めて銃を撃つ女の子が戦闘訓練を受けた兵士をばたばた倒せちゃうとか
ポーはあの状態でどうやって生きてたのよとか
これらを気にすることなく楽しめる、というより気にさせない、それが『スター・ウォーズ』なんでしょう、と納得できました。はい。
そういえば予告編に『ゴジラ』もありましたけど
「あんな巨大爬虫類が二足歩行できるわけがあるかい!」
「あれは爬虫類じゃない、『ゴジラ』なんだ!」
で解決できるほどの存在感が『ゴジラ』にはありますし。
昔、映画『ファイナルファンタジー』を酷評した際に、その少し前に出た『マトリックス』と比較したことがありました。両作品とも「生命エネルギー」なんていう似非概念を持ってくるところが共通してます。しかし『マトリックス』では、その言葉が出るまでに、観客は主人公ネオと一緒にあんな目やこんな目に遭わされ、疲労困憊し精魂尽き果て、「頼むから何がどうなってるのか説明してくれえぇ!」な状態、どんな説明でも受け入れる精神状態に持っていかれています。
一方『ファイナルファンタジー』にはそれがなく、「なんか嘘臭い」という印象のまま終わってしまったのだなあと。
結局物語とは虚構です。心地よく騙してくれればそれでいいのです。自分も精進しなくては。
さて後半、あの黒マスクの祖父が誰かくらいはわかっていましたが、なるほど母の父だったのね、とかいろいろ一人答え合わせをしつつ進みます。そうなると、あれだけ強いフォースを持つ彼女は彼の娘なんだよね、きっとそうだよね?
レイア姫とハン・ソロってそういう関係だったとは知りませんでした。人生すれ違いだらけだった高年齢カップル…『大奥』の綱吉編がちらりと脳裏に。
そ・し・て大好物の闇堕ち君、ファーストオーダー!ちょっと脆すぎと感じましたが、きっとまだとても若いのでしょうね。それにしても、お父さんとの対決で簡単に絆されすぎじゃないの?と脳内ブーイングしていたら…そう来ましたか!そうでなくっちゃ、いいぞもっとやれ!最後の対決も、前座はもっとあっさり余裕で片付けて欲しかったです。
とにかく彼の今後に大いに期待!!
大型メカとか、銃での撃ち合いにはあまり関心ないですが、戦闘機およびチャンバラには燃えます。これもシリーズお約束なんですよね、ライトセイバーでの斬り合い!堪能しました。敵方は赤で主人公側は青って決まってるんでしょうか、あの色。
で、ラスト。娘なんでしょうそうでしょきっとそうだよねと(脳内で)叫んでいましたが明らかではないですね。これも今後に期待かと。
フィンの容体について旦那と意見が分かれました。彼女の言葉と雰囲気といい、背後で流れる脳波計?か何かの音のフラットなことといい、植物状態に陥って回復は絶望的なんではないかと私は思います。入れ替わるように、ロボット君がスリープ状態から目覚めるのも暗示的です。物語ですから、もちろんいつか目覚めるんでしょうけれど。
という訳で大変面白かったので、いずれEPISODE1〜6も借りて観ようと思います。今はブームで混んでると思うのでおいおいに。キングオブ闇堕ち、というか元祖オブ闇堕ち、の4〜6に惹かれるんですが、先に観ちゃうと1〜3を観る気を失くしそうなので、順番通りにしておきます。メインディッシュやデザートは後半に持ってくるのが、コース料理のお約束ですしね。
2015年9月16日水曜日
雨の森は扉を開く
旅行記最終回、軽井沢後編です。
8月22−24日 北海道帰省前半
8月25−27日 北海道帰省後半
8月29日 SF大会米魂雑感(前半)
8月30日 SF大会米魂雑感(後半)
9月2−5日 仙台帰省とガチャガチャ
9月7日 軽井沢前編
さて、前回報告しました絵本の森美術館は「ムーゼの森」という施設の一つで
ナチュラルガーデン(ピクチャレスクガーデン)の中に
「エルツおもちゃ博物館」と一緒に配置されています。
観光パンフにはたいてい晴天時の写真しか載っていませんから、雨だれの中の景色を見られたのは幸運かもしれません。ゆっくり散策できなかったのは残念ですが、また来ればいいのですし。
それから、道路向かいの軽井沢高原文庫(軽井沢タリアセン)へ。
本館の企画は「室生犀星」。
修学旅行らしい女子の一団ががやがやと通り過ぎていきます。
一人が「イケメン」と評していた写真を見てみると、
1924年(37〜38才)の萩原朔太郎でした。
なかなかいい趣味だ。
庭の奥に保存されている「堀辰雄1412番山荘」ではこんな企画が。
暗くしめやかに佇む山荘。
嗅ぎ慣れた、昆虫標本用の防虫・防腐剤の匂い。
しかしそこにずらりと並ぶのは、私が慣れ親しんだ小型で地味な農業害虫とは違い、
大型で艶やかな蝶や甲虫たち。かの有名なヘラクレスオオカブトムシを始め、神話や伝説に由来する学名を持つものたちの饗宴です。
実を言うと、蟲屋でありながら鱗翅目昆虫の成虫は苦手です。
翅の鱗粉が嫌だから、という理由もありますが、大型の蝶や蛾の翅の持つ妖しさ、禍々しさを引き立てるこの舞台装置に肌が粟立ちました。
ゴリアテとダヴィデ。パリスとヘクトール。月の女神の名を持つ蛾たち。
「神話と現世のクロシングポイント」(ファイブスター物語より)はこんなところにも潜んでいました。
こちらは野上弥生子の書斎。
そして有島武郎の別荘で、最期の場所でもある浄月庵。
有島は引っ越し魔だったそうで、札幌芸術の森にも旧有島邸が保存されています。
ニセコの有島記念館にも行きました。
現存して公開されてる家ってどれだけあるのでしょ。
堀辰雄文学館にも行ってみたかったんですが、市街地にあり駐車場が確保できるか不安だったので今回は見送りました。
上様に、そんなに近代文学が好きなのかと聞かれましたが、そうでもありません。好きなのは、むしろ近代の文学者そのものです。
春日ゆら氏の「先生と僕 夏目漱石を囲む人々」「漱石とわずがたり」とか大好きです。
それから千住博美術館へ。
パンフの左上から二番目の「ザ・フォール・ルーム」でいろいろ考え込みました。
水が張られ、滝が描かれているのに動きも音もなく、ただ照明が移り変わっていく空間。
余計なことが洗い流されて、自分が考えたいことだけが静かに浮かび上がってきます。
折に触れては、神とは何か、どうしたら殺せるのか、といったことを考えます。基礎である生物学から、SF小説から、漫画やゲームから、自分が触れて取り込んできたものをいろいろに当てはめながら。
この時ここで思いついたのは、神は殺すことはできても滅ぼすことは難しい、仮にできてもそうしてはならない、農業害虫のようなものかもしれないということでした。害虫は害虫として存在するのではありません。人の営みが、農業が虫を害虫にするのです。それを滅ぼすのは至難の技であり多大なコストや、場合によっては害虫によるものより大きな損失を伴います。
滅ぼすのではなく、コントロールする術を探ること。
私の短い研究生活のテーマそのものです。
もしかしたら、応用が効くのかもしれません。
国費で勉強させてもらいながら、大して社会に還元できないままリタイアした身に、俄然活力が湧いてきました。
天気が良ければ散歩でもしたかったところですが、雨で少々体も冷えてきたので、お昼を食べてショッピングモールを見て回って、ゆるゆると帰途につきました。
たっぷりの贅沢。体は疲れましたが脳はリフレッシュ。
いろいろと考えること、学びたいことをどっさり収穫した夏の終わりでした。
8月22−24日 北海道帰省前半
8月25−27日 北海道帰省後半
8月29日 SF大会米魂雑感(前半)
8月30日 SF大会米魂雑感(後半)
9月2−5日 仙台帰省とガチャガチャ
9月7日 軽井沢前編
さて、前回報告しました絵本の森美術館は「ムーゼの森」という施設の一つで
ナチュラルガーデン(ピクチャレスクガーデン)の中に
「エルツおもちゃ博物館」と一緒に配置されています。
観光パンフにはたいてい晴天時の写真しか載っていませんから、雨だれの中の景色を見られたのは幸運かもしれません。ゆっくり散策できなかったのは残念ですが、また来ればいいのですし。
それから、道路向かいの軽井沢高原文庫(軽井沢タリアセン)へ。
本館の企画は「室生犀星」。
修学旅行らしい女子の一団ががやがやと通り過ぎていきます。
一人が「イケメン」と評していた写真を見てみると、
1924年(37〜38才)の萩原朔太郎でした。
なかなかいい趣味だ。
庭の奥に保存されている「堀辰雄1412番山荘」ではこんな企画が。
暗くしめやかに佇む山荘。
嗅ぎ慣れた、昆虫標本用の防虫・防腐剤の匂い。
しかしそこにずらりと並ぶのは、私が慣れ親しんだ小型で地味な農業害虫とは違い、
大型で艶やかな蝶や甲虫たち。かの有名なヘラクレスオオカブトムシを始め、神話や伝説に由来する学名を持つものたちの饗宴です。
実を言うと、蟲屋でありながら鱗翅目昆虫の成虫は苦手です。
翅の鱗粉が嫌だから、という理由もありますが、大型の蝶や蛾の翅の持つ妖しさ、禍々しさを引き立てるこの舞台装置に肌が粟立ちました。
ゴリアテとダヴィデ。パリスとヘクトール。月の女神の名を持つ蛾たち。
「神話と現世のクロシングポイント」(ファイブスター物語より)はこんなところにも潜んでいました。
こちらは野上弥生子の書斎。
そして有島武郎の別荘で、最期の場所でもある浄月庵。
有島は引っ越し魔だったそうで、札幌芸術の森にも旧有島邸が保存されています。
ニセコの有島記念館にも行きました。
現存して公開されてる家ってどれだけあるのでしょ。
堀辰雄文学館にも行ってみたかったんですが、市街地にあり駐車場が確保できるか不安だったので今回は見送りました。
上様に、そんなに近代文学が好きなのかと聞かれましたが、そうでもありません。好きなのは、むしろ近代の文学者そのものです。
春日ゆら氏の「先生と僕 夏目漱石を囲む人々」「漱石とわずがたり」とか大好きです。
それから千住博美術館へ。
パンフの左上から二番目の「ザ・フォール・ルーム」でいろいろ考え込みました。
水が張られ、滝が描かれているのに動きも音もなく、ただ照明が移り変わっていく空間。
余計なことが洗い流されて、自分が考えたいことだけが静かに浮かび上がってきます。
折に触れては、神とは何か、どうしたら殺せるのか、といったことを考えます。基礎である生物学から、SF小説から、漫画やゲームから、自分が触れて取り込んできたものをいろいろに当てはめながら。
この時ここで思いついたのは、神は殺すことはできても滅ぼすことは難しい、仮にできてもそうしてはならない、農業害虫のようなものかもしれないということでした。害虫は害虫として存在するのではありません。人の営みが、農業が虫を害虫にするのです。それを滅ぼすのは至難の技であり多大なコストや、場合によっては害虫によるものより大きな損失を伴います。
滅ぼすのではなく、コントロールする術を探ること。
私の短い研究生活のテーマそのものです。
もしかしたら、応用が効くのかもしれません。
国費で勉強させてもらいながら、大して社会に還元できないままリタイアした身に、俄然活力が湧いてきました。
天気が良ければ散歩でもしたかったところですが、雨で少々体も冷えてきたので、お昼を食べてショッピングモールを見て回って、ゆるゆると帰途につきました。
たっぷりの贅沢。体は疲れましたが脳はリフレッシュ。
いろいろと考えること、学びたいことをどっさり収穫した夏の終わりでした。
登録:
投稿 (Atom)










