『魔術師を探せ!』ランドル・ギャレット
『九マイルは遠すぎる』ハリイ・ケメルマン
『災厄の町』エラリイ・クイーン
『ABC殺人事件』アガサ・クリスティー
そして
『ポケットにライ麦を』!!
この推薦文!!!
…こやつ、只者ではない。声が良くて演技が上手いだけではない。
ミステリ・マニアには悪いくせがあって、例えば、自分が好きな作家のファンだという”お仲間”に出会った時、相手がその作家のどの作品を特に評価しているかによって、相手のマニア度を推測したりすることがある。誰もが知っているような代表作を挙げるようでは駄目で、一般的知名度は低いけれども完成度は高い、所謂”通好み”な作品の題名を相手が挙げたりすると、時代劇に登場する剣の達人さながら「おぬし、出来るな」と、内心で急に相手のことを認めたりするものなのだ。クリスティー『五匹の子豚』新訳版の、千街晶之氏による解説のまさにこの気分を味わいました(この解説のために新訳買いました)。これは他のお勧め作品も読んでみずにはいられません。旬を過ぎていたので少々手こずりましたが、全て帯付きを手に入れました。
以下、個別ネタバレフィルタ付き感想&「もしもこれらの作品をラジオドラマ化するとしたら、どの役を櫻井氏に演じてもらいたいか」の私見です。
『魔術師を探せ!』ランドル・ギャレット
「言語矛盾ですが魔術による科学捜査なんです」
現代科学が発達しなかった世界。代わりに魔術(あるいは魔科学とでもなんとでも)が発達していたかもしれないパラレルワールド。ハリイ・タートルダヴ『精霊がいっぱい!』、殺人事件を扱うミステリとして米澤穂信『折れた竜骨』など枚挙に暇がありませんが、共通しているのは、これらの世界において、魔術は決して万能の力ではなく、決まった法則、定理に則って働くということです(我々の世界における科学技術のように)。その前提の上に初めて成立する「魔術による科学捜査」。はい、大好物です。
主人公ダーシー卿は魔術師ではありませんが、上級魔術師のショーン・オロックリンを従え、彼が魔術によって検証した証拠物件を元に縦横無尽の活躍で事件を解決します。アクションあり、駆け引きあり。この作品をラジオドラマ化するとしたら、ぜひ櫻井氏にダーシー卿を演じてもらいたいですね。とにかくかっこいいんです。
(ネタバレ)
三作の中では「シェルブールの呪い」が一番好きです。先ほど、櫻井氏が演じるならダーシー卿と主張しましたが、この話のシーガー卿役も聞いてみたいものです。生まれつき善悪の判断基準を持たない、殺人嗜好のサイコパス。心霊代数学(サイキック・アルジェブラ)が発達したこの世界では、そうした人格の持ち主に<ギアス>を施して行動を制御し、正しい目的のために働かせることもできるのでした。それは彼、シーガー卿自身を幸せにしたでしょうか?
私はイエスだと思います。そう、思いたいです。
『九マイルは遠すぎる』ハリイ・ケメルマン
「”何気ない一言”なんて存在しないのかも知れない」
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」
この”何気ない一文”から十四年かかって生まれた安楽椅子探偵ニッキイ・ウェルト。少し前に、別の作家によるミステリの中で、主人公の刑事(皮肉にもその名はハリーなのです)が安楽椅子探偵ものを揶揄するシーンを読んだばかりだった私は、さあお手並み拝見と意気込んで…まんまと彼に魅了されてしまいました。だからといって現場の捜査官を軽視するわけでもありません。
犯罪から暴力の血生臭さを拭い、綺麗にお皿に盛り付けて読者に供するのが安楽椅子探偵もの。そこで賞味すべきは料理人の繊細な技であり、屠殺や肉の解体にまで思いを馳せる必要はないのです。
私が舌鼓を打ったのは「10時の学者」の、料理に例えるなら冷菜のゼリー寄せのような冷たく滑らかな幕切れ。顛末を耳にしたニッキイの、冷ややかな微笑みを帯びた台詞、櫻井氏の声でぜひ聞きたいです。
「おしゃべり湯沸かし」の滑稽味はデザートにぴったりだと思います。
『災厄の町』エラリイ・クイーン
「災厄の意味を名探偵エラリイが教えてくれます」
ミステリとしては突っ込みどころ満載ですが、人間ドラマとしては重かった。真の加害者はライツヴィルの町、まさしく災厄の町そのものでした。被害者も容疑者も、真犯人さえも、その被害者に過ぎなかったのです。
(ネタバレ)
全六部のうち第二部の最後に事件が起こるんですが、第三部の半ばで手口、真犯人、動機が掴めてしまいました(ローズマリーの正体など、登場時からそうだと疑っていましたし)。いやいや、全米のクイーンファンが認める最高傑作だそうですから、この後二転三転あるんでしょうと思ったのにそんなことはなかった。ちょっとちょっと作中のエラリイさん、あなた本当に名探偵なんですか。その場にいたくせに、なんで部外者の私にまで見え見えの手がかりに、その可能性に気づかないんですか。
ということで、櫻井氏が演じるならへっぽこエラリイさんよりも、悲劇の男ジム・ヘイトの方を聞いてみたいです。
『ABC殺人事件』アガサ・クリスティー
「ヒントだらけなのに最後まで解けないんです」
十代の初めにクリスティーにはまり、その頃早川書房から刊行されていたミステリ作品のほとんど、9割は読み尽くしたと思います。真鍋博氏による、謎めいた表紙イラストの時代でした。(真鍋版クリスティー)
しかしこの『ABC殺人事件』は例外で、別の出版社の子供向けレーベルで既に読んでいました。同梱だった『雲をつかむ死』の記憶は曖昧なのですが、『ABC殺人事件』のプロット、真犯人は忘れようがありませんでした。そして後々まで、大人向けの本物(?)を手に取ることがなかったんですが、このフェアで即買いでした。
(ネタバレ)
財産目当てに肉親を殺すばかりか、その本質を眩ますために殺人狂を装い無関係な人々を次々と手にかけ、さらに冤罪を着せる対象まで仕立て上げる真犯人の残酷さ。十二だった初読時の印象は強烈でした。あれから数知れない推理小説や、実際に起こった事件の話を読んできましたが、再会した奴にはやはり腸煮えました。真相を暴かれた時にさっくりピストル自殺できなくてざまあみろ、です。そこまで見越していたムシュー・ポアロ、万歳!
櫻井氏の声はポアロにはちょっと違う気がします(新作映画『オリエント急行殺人事件』の日本語吹き替え版のポアロは草刈正雄氏=真田昌幸@真田丸だそうです)。ここは忠実なるワトソン役、ヘイスティングズ大尉が相応しいところでしょうか。
『ポケットにライ麦を』
「読後に零れるため息までがこの物語の一部です」
ほんとこれ、完全に同意です。本屋さんの店頭で思いっきり頷きましたよ。もしかしたら変な声出てたかも。不審者ですみません。
(ラストシーンネタバレ)
涙が粒になって、ミス・マープルの両眼からこぼれおちた。憐憫を越えて、憤りが燃えあがった――冷酷非情な殺人者に対する、はげしい憤りだった。
やがて、憐憫と憤怒も、彼女の胸から消えて、代わって勝利の歓びが波のようにあふれてきた。古生物学者が、発掘された顎骨と二、三の歯の化石から、絶滅した動物の骨格を組み立てるのに成功したときの、あの喜びに似た感情であった。
クリスティーの正義感と人間愛が結実したようなこの結び。初読時、まだ生物学にロックオンしていなかったものの、何らかの学問を究めんと志していた自分に、憧れのため息を零れさせてやまなかったこのくだりを挙げてくれた櫻井孝宏氏が、もしも演じるなら。
(再びネタバレ)
素晴らしい妻パトリシアを愛し愛されることを知っていながら、哀れな娘グラディスを騙し利用し殺した上にあんな侮辱を加えてのける冷酷きわまりない美男子、ランスロット・フォテスキューをぜひ!櫻井氏の声と演技で!
想像するだけで鳥肌が立つというものです。
***
ああ、楽しかった。久々に古典ミステリをたっぷり味わいました。またこんなフェアをやって欲しいものです、早川書房さん。
紙の本、万歳!