2018年3月4日日曜日

『ローエングリン』感想(2)「異教の神々」

東京二期会オペラ『ローエングリン』224日公演の感想の続きです。
前編はこちらです。

本題の前に、軽くネタ話。 鑑賞後は、旦那とワインとスペイン料理のお店に行きました(「交響組曲エオルゼア」の後にも二次会で行ったお店です)。その最中、前回語ったようなことをとりとめなく興奮気味にまくし立てます。

「設定聞いて、ブラバントはルートヴィヒ2世の夢の中の存在なのかと最初は想像したんだけど、たぶん違うね。同じ時系列の中世ドイツなのか、あるいは全く別の時空なのかはわからないけど、ルートヴィヒも、エルザもブラバントもあの世界のどこかに実在していて、ルートヴィヒが見た夢とエルザが見た夢が奇跡のリンクを遂げたんだと思う」

「なるほど。思うに、その夢をリンクさせたのは聖杯の仕業で、それこそが聖杯の持つ奇跡の力なんじゃないか?」

「ほほーう、そう来たか!」

「あれだよ、聖杯はあの世界のさらに上位に位置する存在から送り込まれた、自律性を持つ知性体、オーパーツなんだよ。多元宇宙の過去から未来までを見通し、条件付きで干渉できる超時空存在」

「オーパーツて…このゲーム脳が。元ネタは神話なんだから、そこは『神が遣わした神器』とか表現しようよ。
でもその線はすごくありそうね。ほらあれ、FF14のコンテンツファインダー!
タンクを求めてCF希望を出していたエルザと、ヒーラーを求めていたローエングリン(中の人はルートヴィヒ)を、ワールドの壁を超えてマッチングさせた聖杯(コンテンツファインダー)
ワールドは違ってもこれからもフレンドでいようとする二人だが、ローエングリンは『決して中の人の本名や、住所職業年齢などを詮索してはならない』とエルザに約束させる。そして二人の交流は続き、とうとうローエングリンはそれまでのワールドを捨て、エルザとエターナルバンドするために移転してくる。しかし、エルザのFCメンバーはもともと昔からの友達や、リアルでの知り合いなど、身元の知れている人で構成されていた。彼のプレイヤースキルや人柄の良さは認めつつも、一部のメンバーは頑なにリアル事情を秘する彼に不審を抱く。そして…
てな感じ?」

「ゲーム脳は君の方だろう」

とまあこれは酔っ払いの与太話ですが。二人の夢が時空を超えてリンクするという、ラノベやゲームにありそうな展開が、「聖杯」という神秘の存在を介することで神話の世界にしっくり馴染む気がします。
そしてまた、聖杯が二人を選んで結びつけたのは、ルートヴィヒがローエングリンよりも、むしろエルザに似ているからではないかとも思います。

美しい高貴の姫君との婚約を破棄し、理想の王国の実現を夢に見、国の財政を無視して築城に熱中したルートヴィヒ。
亡き父が認めた求婚者であるテルラムント伯爵フリードリヒを拒み、告発に自分で反論することもせず、理想の騎士が救ってくれることを夢見たエルザ。

エルザは、フリードリヒの求婚を何故拒んだのでしょう。「好きじゃなかったから」と言ってしまえばそれまでです。しかしこの時代、深窓の姫君が自由恋愛で夫を選べたとは思えません。他に好きな人が、身分の差で許されない恋人がいたのなららまだわかりますが、そもそもそんな相手と知り合う機会があったでしょうか。

フリードリヒは劇中では悪役ということになっていますが、実は「悪いこと」は何もしていません。「エルザが弟を溺れさせるのを見た」「騎士は魔法を用いて神明裁判を欺いた」というオルトルート様の嘘を信じて「正義の告発」を行っただけなのです。
故ブラバント公爵の信任篤く、息子の養育を委ねられ、またエルザに求婚することを認められてもいます。武勇については国王も認めるところ。
さらに、彼を匿った者も同罪に処すという仕打ちを受けてなお、彼の身を案じてくれる家臣にも恵まれるくらい、人望もありました。
とどめに、利用する気満々とはいえ、オルトルート様が夫にするくらいですから、まあまあいい男ではあったんではないかと思います。

ルートヴィヒもエルザも夢見すぎ、理想高すぎというと冷淡でしょうか。現実を生きる力が弱すぎたというのは憐憫でしょうか。周囲が自分に期待した役割を全うできなかった二人は、生まれる時代、境遇が悪かったのでしょうか。

そんな二人に対して、燃える復讐心とそのための策を弄する頭脳、実行する豪胆さをあわせ持つオルトルート様の、現実を生きる力の圧倒的なこと。

第二幕で最初に目に入ったのは、ぞっとするような異様な光景でした。
禍々しい赤い照明の下に十字架が点在する、墓地のような不気味な場所に、ストレッチャーで運び込まれてくる傷つき瀕死の患者たち。苦痛に喘ぐ彼らを、血塗れになりながら必死で介抱する看護婦姿のオルトルート様。

一方で煌々と灯りの漏れる館の窓に写るのは、宴に酔いしれる勝利者たち。彼らはオルトルート様と瀕死の患者たちのことなど露ほどにも気にかけていません。

さて、この患者たちは一体誰なのでしょうか?
最初は神明裁判に敗れ、もうだめぽモードの夫フリードリヒに、「もう一踏ん張りさない!」と尻を叩いている姿なのかなとも考えました。しかし看護の甲斐なく患者はぐったりとしたままです(息絶えてしまったようにも見えます)。

そこに肉体的には傷一つない姿のフリードリヒがすっかり意気消沈して現れ、オルトルート様が自分を偽ったせいで決闘に負けて名誉も何もかも失った、と責めます。
対して、懸命の看護にもかかわらず患者を救えなかった落胆から一転、オルトルート様は強気の態度で夫を挑発します。

「偽ったのは誰?」
「お前だ! 神は神明裁判を通じて俺を打ち破ったではないか?」
「神、ですって?
あなたは自分の臆病さを神と呼ぶのね?」

騎士が勝ったのは魔術のおかげ、あなたはそれを暴きさえすれば良いと妻に囁かれ、フリードリヒは力づけられ再び騎士に挑む自信を得ます。素直な人です。

その後現れたエルザに哀れな言葉と仕草で取り入り、その隙にゲルマンの神々のために復讐を誓い加護を請うこの場面が、対訳本を下読みしていて一番燃えました。
Entweihte Götter! Helft jetzt Meiner Rache!
貶められた神々よ、今こそ我が復讐に手を貸し給え!
Bestraft die Schmach, die hier euch angetan!
ここで御身らに加えられた恥辱を罰し給え!
Stärkt mich im Dienst eurer heil'gen Sache!
御わざに仕える我に力を与え給え!
Vernichtet der Abtrünn'gen schnöden Wahn!
背教者たちの恥ずべき思い上がりを罰し給え!
Wodan! Dich Starken rufe ich!
Freia! Erhab'ne, höre mich!

力強きヴォーダン(オーディン)、御身を呼びます!
崇高なるフライア、聞き届け給え!
中村真紀さんの歌声はもちろん、舞台上での演出も期待を裏切らない迫力でした。階段上に立ち、赤いライトを浴びて掲げた長杖はライトセーバーさながらに輝いて見えました(敵役は赤と相場が決まってますよね)。貶められた神々の名を高らかに呼ばわる瞬間、閃く稲妻に祝福されるオルトルート様。瀕死の患者のために戦ったその血に塗れた姿のまま。

もしかして、あの瀕死の患者たちは、十字架に囲まれた墓所のような場所で、彼女が必死で蘇らせようとしたのは、キリスト教との戦いに敗れ、異教の悪魔と貶められたゲルマンの神々だったとしたら…なかなか熱いとは思いませんか。
戦い傷ついた神々の、その血を浴びた姿で復讐を誓い、加護を願うオルトルート様!
主役たちよりはるかに主人公力高いです。
神の血を浴びること自体も、強力な護符ですしね(ジークフリート然り)。
Segnet mir Trug und Heuchlei,daß glücklich meine Rache sei!
我が詐りと偽善に祝福を授け賜え、この復讐の成就のために!
「詐り」「偽善」を祝福する神なんて、やっぱり邪神じゃないのと思われるかもしれませんが、ではひたすら信じよ、疑うな、試すなという教えが本当に正しいのか、人のためになっているのか?
なんて語り始めるときりがありませんが、私は疑い(疑問を持ち)、試し(実験をし)、その結果それまでの考えが間違っていたら訂正することで前進してきた科学の徒です。どちらかを選べと言われたなら、裏切り騙し合い上等、時には自らの信徒にいたずらをしかけ、世界の理不尽さを教えてきた神々の方を支持します。

「この上なく惨めなあなたにはわからないのね」
「その高慢さが後悔の種になるのよ!」

まんまとエルザを誑かし、自らの幸福を誇る彼女に(内心で)向けた言葉。
このエルザの高慢さ、思い上がりはまさに彼女を破滅させます。
後に新婚の寝室で夫に名を明かしてほしい、たとえ死をもって脅されても、決して人に漏らしはしないと、
「あなたのために死んでみせます!」
と言い切った時に、ああやっちゃった、と思いました。
オルトルート様、やはりあなたの予言は正しかった。あの囁きがなくとも、愛とそれ故の不安に目が眩んだエルザはいずれ問わずにはいられなかったでしょう。

原典のト書きでは、ゴットフリートが元の姿に戻ったショックのあまり倒れ伏すオルトルート様ですが、この舞台では死んではいないとのことです。フリードリヒという手駒は失ったものの、オルトルート様の戦いはまだまだこれからですわ! と勝手に期待しております。


* * *

冒頭の旦那との会話以外にも、ゲーム脳的解釈はいろいろ(酔っ払いながら)展開したんですが、とりあえず旦那。キリスト教化以前の古の神々を「旧き神々」「旧支配者」とかいうのやめてください。世界が違う〜。

参考文献:音楽之友社 「オペラ対訳ライブラリー ローエングリン」高辻知義訳
(一部自己流訳です。ドイツ語勉強中です)

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